東京高等裁判所 昭和40年(う)406号 判決
判決理由〔抄録〕
本件バスが事故のあった停留所を発進した際、被害者大門和子の降車後ほとんど時間的間隔がなく、発車の瞬間同人の左の手袋の指先の部分が少しずれて指から抜け閉まった乗降口の扉に挾まれていて(すなわち、目撃者である林証人が指先が扉に挾まっているように見たのは、実は指先そのものではなくして着用していた手袋の指先の部分に過ぎなかったと考えられるのである。)それはすぐ扉から離脱したが、まだ同人は乗降口付近において、バスの車体に接し、バス発進にともない起り得べき車体からの衝撃を直接受けるような位置に立っていたと認むべきである。そして、前記林真弓の証言、被告人荒井の司法巡査に対する供述調書の記載、当時の車掌であった被告人白石の司法巡査及び検察官に対する各供述調書の記載、被告人両名の原審第一回公判における各供述、当時事故のあった停留所で下車した乗客の一人である証人荒井義光の原審供述司法巡査森屋茂栄の作成した実況見分調書の記載等を総合すれば、車掌の被告人白石は、前記大門の降車直後の乗降口付近における動静いかんを全く顧みることなく、閉扉と同時に発車合図をなし(このことは被告人白石の前記捜査官に対する供述によって明らかである)、他方運転手である被告人荒井も、右発車合図をきくや乗降口の扉の閉まったのを確認しただけで、当時バックミラーによって車の側方も見たのであるが、夜間で街路灯なく折からの霧のため屋外は真暗で何もうつらず見えなかったというのにかかわらず、降車客が通常バスから安全な地点まで離れると思われる時間的間隔をおきかつ徐々に車を発進させる等して万一本件被害者のように降車後間がなく車体に接して立っているような人がいたとしてもこれに衝撃を与えて転倒させることなどの事故が起らないよう発車時における時間的間どり運行速度等につき配慮することもなく、直ちにそのまま急激にバスを発進させた(以上の事実は被告人荒井の検察官に対する供述によっても十分認められる。なお、林真弓に対する証人尋問調書の記載によれば、事故のあった停留所に来る前の停留所で客が乗ったとき扉の閉まらないうちに発車したことがあるというのであり、当時本件バスの乗務員の発車時における措置に慎重さを欠く傾きがあったことがうかがわれる。)ため、前記大門は、右バスの発進にともないその車体からの衝撃を受け全身の平衡を失ってその場に転倒し(当時路面は舗装してなく砂利敷であり、同女はハイヒールを履き右手に荷物を持っていたことが記録上明らかであるので、わずかの衝撃を受けても転倒し易い状況にあったことを認めることができる。)車体の下となり、その左後輪に腰部のあたりを轢過されるにいたったものと推認するのが相当である。しかも、被告人荒井は、バスの運転手として、停留所を発進するにあたり、たとえ車掌の発車合図があり乗降口の扉の閉まったことを確認した場合でも、みずからまた車体の側方特に乗降口付近の人の所在に注意しその安全を確認保持に努むべき義務を免れるものではなく、前述の本件被害者のように、降車後ほとんど時間的間隔がなく、まだ乗降口付近において車体に接しバスの発進にともない起り得べき車体からの衝撃を直接受けるような位置に立っている人がいるかも知れないことは通常容易に予測し得べきところであるといわなければならないから、本件のように当時夜間に際し街路灯もなくバックミラーによって車の側方を見ても折からの霧のため屋外は真暗で何もうつらず見えなかったとすれば、少くとも降車客が通常車体から安全な地点まで離れると思われる時間的間隔をおきかつ徐々に車を発進させる等して、前述のように万一車体に接して立っているような人がいたとしてもこれに衝撃を与えて転倒させることなどのないよう発車時における時間的間どり、運行速度等につき細心の注意と必要な措置を講じ未然に事故の発生を防止すべき義務があるのであって、事ここに出ず、車掌の発車合図を聞くや乗降口の扉の閉まったことを確認しただけで、直ちにそのまま急激に車を発進させたのであるから、その結果起った本件の事故について過失の責に任ずべきは論をまたないところといわなければならない。